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カサンドラ症候群の妻 過去の私‥

 ←愉快な終活をしよう♪ →母になり祖母になった私。平成の時代へありがとう。
はじめに☆。.:*・゜٭❀*
このblogを書くにあたりカサンドラ症候群、アスペルガー症候群の方に偏見や差別を持たないで欲しいことを切に願います。
blogに関してはあくまでも私の主観であり当事者
1人1人が違うことを理解していただけると幸いです。また私が家庭を持ってから関わる家族全てを愛し尊重することを伝えます٭❀


Wikipediaで「カサンドラ症候群」を検索するとこんな風に書かれている。

※カサンドラ症候群(カサンドラしょうこうぐん、

英: Cassandra affective disorder)、カサンドラ情動剥奪障害

(カサンドラじょうどうはくだつしょうがい、

英: Cassandra affective deprivation disorder)」と

は、アスペルガー症候群[注釈 1]の夫または妻(ある築けないはパートナー)と情緒的な相互関係が築けない。

そのために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的

症状を表す言葉である[1]。

アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえな

いことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口に

しても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じる[2]という仮説である。

現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念である。

また、カサンドラ症候群の場合、においてどちらか一方が悪く、どちらが正しいか、という問題ではないこ

とに留意すべきである。

カサンドラ症候群の症状としては偏頭痛、体重の増加または減少、

自己評価の低下、パニック障害、抑うつなどがある。

(診断の有無にかかわらず)アスペルガー症候群の兆候を示すカップルは、日常生活においてさまざまな

問題にぶつかる。そんな人々を支援するための書籍やカウンセリングがますます必要とされ[3]、夫婦間

のケアの重要性が指摘されている。

※Wikipedia引用


私は このことに40年弱 悩んでいた。

親友にこの苦悩を相談しても

「男の人ってそんなもんじゃない」と言われてしまう

子どもが幼児の時、保育所でお友達に頬にパンチを

受けて若葉骨折した。パンチを受けた頬は

ボクサーのように腫れあがった。

私はその姿に涙をする間もなく病院に走った。

あとから涙が出た。

彼にそのことを伝えると「そんなこともあるの

じゃないかな。集団生活だから」

私が欲していた言葉は「怪我は大丈夫?」

このシンプルな言葉だった。

ある時は夏の海で私が着替えが終わるまで

幼い子ども達のそばを離れないで欲しいと

強めに伝えた。ただ その言葉は虚しく宙に浮い

てしまった。

彼は浮き輪に空気を入れパラソルを立てることの

ほうが優先だった。

海の中に滑り台が設置してあり幼子は

滑り台を目指して走り滑り台をすべり

あっという間に波に飲まれ溺れた。

見守ってくれた

ライフセーバーに助けられ難を逃れた。

遊園地でも似たようなことが起きた。

私がトイレに行ったわずかな時間に

不安の高い幼子を幼い姉に託しハードなジェットコ

ースターに乗せて下から眺めていた。

私は怒りで言葉もなかった。

ただ 子ども達の前で口論することは避けたかった

怒りで震える握り拳を隠した。

日常では家族間で伝え合う「おはよう」「おやすみ」

も彼の口から聞いたことはなかった。

もちろん「ありがとう」「ごめんね」もない。

私は名前を呼ばれることもなく子ども達の

前でも「おばさん」と呼ばれた。

全て悪意ではない。

同居をしていた私の母が老いていくことも

興味はなかった。

母がテレビのボリュームを上げるとすぐに下げた。

母の優しい言葉掛けも無視をした。

歳を重ねるということを軽視しているようにも

思えた。

愛情のある夕食を作っても口に合わないと無言で

冷凍庫の中に収まる。

私が育児に悩みたとえば号泣していてもその表情に

興味はない。マイペースを崩さない。

医療機関に通うことになっても何の為に

通院するかは問わない。

一緒に医療機関にも行く気はない。

でも 全て悪意ではない。

私は夫婦として共感できないことに絶望を

して母や子ども達がいない部屋で隠れて

泣き続けた。

そんな私を察しては母は私の心を心配した。

私は いつも砂漠の中にいるように感じていた。

私が彼に愛情表現する全てのことが

砂漠に水をまいても まいてもスグに乾く。

そのことに似ていると感じた。

知らないうちに鬱を繰り返した。

母が病に倒れた時、私は自分の心が限界に

達していることに気づかずにいた。

結果、今まで自分の心のなかに溜め込んだ

乱暴な言葉を吐き出し心が腐敗した。

子ども達にどんなに謝っても許されることでは

なかったが このままでは全てドミノ倒しに

なり自分も見失ってしまうと思った。

できることなら 子ども達の将来を見届けたいと

願った。

私は自分を否定し続けたが彼と別れて生きることを

選択した。もちろん私に否もあった。人として成熟していないところもたくさんあった。

私は明らかにPТSD(心的外傷後ストレス障害)

になっていた。投薬治療も始まった。

ただ 幸か不幸か心理職をなりわいとしていた。

最悪な状態をどこかで客観視することはできた。

このままだったら子ども達も巻き添いにして

私は心身ともに健康ではいられない。

限界を認識するんだ!と自分に言い聞かせた。

それから路頭に迷うこともあった。

最愛の子ども達や亡き母に辛い思いもさせた。

現在、再婚をして3年の時が経った。

今は ささやかながら穏やかな日々を過ごしている。

自分の心にナイフを突きつけることもなくなった。

全て 誰かが悪いことではないとも思えた。

元夫が悪いことでもない。

また彼は子ども達の父でもありそのことを

ずっと尊重しようとも思っている。

今だに何が大正解なのかは分からない。

分からないけど私ができることは

自分が体験したことを生かして

同じようなことで悩むご夫婦やご家族を

サポート&ケアすることかと思う。

そして1番 願うことは同じことで悩む方に1人で抱えないで欲しいと

いう思いだ。

「助けて!私の悩みを聞いて!」と言って欲しい。


sayuri


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