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さいたま命かがやけサロン

心理カウンセリング

目の動きで分かる心理、、目は口ほどものを言う

未分類

五月は大型連休もあり穏やかな天気で過ごしやすい季節ですが、

新しい環境に慣れず不安感や緊張感が高まる時期でもあります。

相手の期待に応え過ぎて自分のペースを壊さないでくださいね。

私はご相談を受ける時にご相談者の目の動きから心情を察することもあります。

目が左上を向いている時は、過去の体験を思い出しているようです。

例えば以前に見た風景など、記憶した視覚的なイメージを思い描くことがあるようです。

また左下を見てる時は聴覚に対するイメージを思い浮かべたり、自分に自問自答しているようです。

うなずきながら左下を見てる方をよく見かけます。

そして目が右上を向いている時、私はそのことに注目します。

右上を見ている時は未知の領域、今まで見たことがない光景を思い描いているようです。

つまり、嘘をつこうとしている時、人は勝手に右上を見てしまうのです。

必要以上に早口になったり答えが出るまで必要以上に時間がかかったりまばたきが多くくなったりもします^^;

女性のみなさん、彼が右上を見てヘンな汗をかいて言い訳じみたことを言う時は要注意です(笑)

※心理カウンセリグでは嘘を暴くことはありません。むしろ嘘の背景に心を寄せます。

また右下を向いている時は肉体的な苦痛など体感した感覚や触覚を思い浮かべているようです。

ちなみに左利きの方は左右が逆になります。

よく女性は勘が働く!といいますね。そもそも男性と脳の違いがあります。

また女性は人の表情を読み取る能力が高く、いつもと違う目の動き、しぐさ、声のトーンなどを感じ取っているようです。

目は口ほどものを言う。おさらいをすると…

右に動かしたら想像。

左に動かしたら記憶。

右上は嘘の可能性がある。

左上は思い出している時によく見る。

ここを覚えておくと何か役立つ時もあるかもしれませんね(^_-)ー♡



sayuri












本当に大切な人って…挫折から気づいたこと

日常の出来事

未熟な私は40代後半にもなって大きな挫折をした。

いつも私のそばで笑っていた母がアルツハイマー型認知症で変わっていく。

そのことを一方で受け入れもう一方で否定した。

私の心は急転著直下、失意のどん底に落ちる。

先の見えない介護もたまらなく不安になった。

いろいろな負の出来事も重なっていた。

自分の心に向き合えず一人で泣き外ではハイテンションになる日々だった。

金銭感覚も明らかに狂っていた。

たくさんの人に迷惑をかけたであろう。

そしてそのことも詳しく覚えていない。

ただただ、どん底から空を眺めていた。

そんな私を見かねて去っていく人もいた。

一方でそんな私の隣りに変わらずいてくれた人もいた。

人の残酷さと人の素晴らしさを同時に思い知った。

人生のなかで一番カッコ悪くネガティブな時でも変わらず受け入れてくれた人たち。

その人こそ私の一番大切な宝物の人たちだ。

次は私が恩返しをしたいと切に願う。



sayuri




母になり祖母になった私。平成の時代へありがとう。

その他

私は平成3年に母になり平成31年の4月に2歳11ヵ月の孫の祖母になってた。

今年の2月に40年振りの中学の同窓会で見た卒業文章。

15歳の私の夢は幼い文字で「お母さんになること」と書いてある。

その気持ちはずっとブレることはなかった。

辛い不妊治療もしたけど私は少女の時に願ったように母になった。

正解のない子育てに自問自答して涙する時も、子どもの出来ることが1つ増えて幸せに震える時も

子ども達は、どんな役者よりも名優で私に生きていく素晴らしさを教えてくれた。

「ゆっくりでいいよ。人と比べなくていいんだよ」

「いっぱい失敗していいよ。無駄な体験は1つもないよ」

「あなたが生きているだけで私は幸せ」

こんな言葉が私のなかから生まれてくる。

少女の時の私は恋愛に左右される弱い自分がいた。

母になった時から世界一強い女性になった。

孫の幼いしぐさを見ると愛しくて仕方ない。

育て!育て!と願う。

私を与えてもらう人から与える人へと成長させてくれた平成の時代。

ありがとう!ありがとう!



sayuri







カサンドラ症候群の妻 過去の私‥

未分類

はじめに☆。.:*・゜٭❀*
このblogを書くにあたりカサンドラ症候群、アスペルガー症候群の方に偏見や差別を持たないで欲しいことを切に願います。
blogに関してはあくまでも私の主観であり当事者
1人1人が違うことを理解していただけると幸いです。また私が家庭を持ってから関わる家族全てを愛し尊重することを伝えます٭❀


Wikipediaで「カサンドラ症候群」を検索するとこんな風に書かれている。

※カサンドラ症候群(カサンドラしょうこうぐん、

英: Cassandra affective disorder)、カサンドラ情動剥奪障害

(カサンドラじょうどうはくだつしょうがい、

英: Cassandra affective deprivation disorder)」と

は、アスペルガー症候群[注釈 1]の夫または妻(ある築けないはパートナー)と情緒的な相互関係が築けない。

そのために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的

症状を表す言葉である[1]。

アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえな

いことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口に

しても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じる[2]という仮説である。

現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念である。

また、カサンドラ症候群の場合、においてどちらか一方が悪く、どちらが正しいか、という問題ではないこ

とに留意すべきである。

カサンドラ症候群の症状としては偏頭痛、体重の増加または減少、

自己評価の低下、パニック障害、抑うつなどがある。

(診断の有無にかかわらず)アスペルガー症候群の兆候を示すカップルは、日常生活においてさまざまな

問題にぶつかる。そんな人々を支援するための書籍やカウンセリングがますます必要とされ[3]、夫婦間

のケアの重要性が指摘されている。

※Wikipedia引用


私は このことに40年弱 悩んでいた。

親友にこの苦悩を相談しても

「男の人ってそんなもんじゃない」と言われてしまう

子どもが幼児の時、保育所でお友達に頬にパンチを

受けて若葉骨折した。パンチを受けた頬は

ボクサーのように腫れあがった。

私はその姿に涙をする間もなく病院に走った。

あとから涙が出た。

彼にそのことを伝えると「そんなこともあるの

じゃないかな。集団生活だから」

私が欲していた言葉は「怪我は大丈夫?」

このシンプルな言葉だった。

ある時は夏の海で私が着替えが終わるまで

幼い子ども達のそばを離れないで欲しいと

強めに伝えた。ただ その言葉は虚しく宙に浮い

てしまった。

彼は浮き輪に空気を入れパラソルを立てることの

ほうが優先だった。

海の中に滑り台が設置してあり幼子は

滑り台を目指して走り滑り台をすべり

あっという間に波に飲まれ溺れた。

見守ってくれた

ライフセーバーに助けられ難を逃れた。

遊園地でも似たようなことが起きた。

私がトイレに行ったわずかな時間に

不安の高い幼子を幼い姉に託しハードなジェットコ

ースターに乗せて下から眺めていた。

私は怒りで言葉もなかった。

ただ 子ども達の前で口論することは避けたかった

怒りで震える握り拳を隠した。

日常では家族間で伝え合う「おはよう」「おやすみ」

も彼の口から聞いたことはなかった。

もちろん「ありがとう」「ごめんね」もない。

私は名前を呼ばれることもなく子ども達の

前でも「おばさん」と呼ばれた。

全て悪意ではない。

同居をしていた私の母が老いていくことも

興味はなかった。

母がテレビのボリュームを上げるとすぐに下げた。

母の優しい言葉掛けも無視をした。

歳を重ねるということを軽視しているようにも

思えた。

愛情のある夕食を作っても口に合わないと無言で

冷凍庫の中に収まる。

私が育児に悩みたとえば号泣していてもその表情に

興味はない。マイペースを崩さない。

医療機関に通うことになっても何の為に

通院するかは問わない。

一緒に医療機関にも行く気はない。

でも 全て悪意ではない。

私は夫婦として共感できないことに絶望を

して母や子ども達がいない部屋で隠れて

泣き続けた。

そんな私を察しては母は私の心を心配した。

私は いつも砂漠の中にいるように感じていた。

私が彼に愛情表現する全てのことが

砂漠に水をまいても まいてもスグに乾く。

そのことに似ていると感じた。

知らないうちに鬱を繰り返した。

母が病に倒れた時、私は自分の心が限界に

達していることに気づかずにいた。

結果、今まで自分の心のなかに溜め込んだ

乱暴な言葉を吐き出し心が腐敗した。

子ども達にどんなに謝っても許されることでは

なかったが このままでは全てドミノ倒しに

なり自分も見失ってしまうと思った。

できることなら 子ども達の将来を見届けたいと

願った。

私は自分を否定し続けたが彼と別れて生きることを

選択した。もちろん私に否もあった。人として成熟していないところもたくさんあった。

私は明らかにPТSD(心的外傷後ストレス障害)

になっていた。投薬治療も始まった。

ただ 幸か不幸か心理職をなりわいとしていた。

最悪な状態をどこかで客観視することはできた。

このままだったら子ども達も巻き添いにして

私は心身ともに健康ではいられない。

限界を認識するんだ!と自分に言い聞かせた。

それから路頭に迷うこともあった。

最愛の子ども達や亡き母に辛い思いもさせた。

現在、再婚をして3年の時が経った。

今は ささやかながら穏やかな日々を過ごしている。

自分の心にナイフを突きつけることもなくなった。

全て 誰かが悪いことではないとも思えた。

元夫が悪いことでもない。

また彼は子ども達の父でもありそのことを

ずっと尊重しようとも思っている。

今だに何が大正解なのかは分からない。

分からないけど私ができることは

自分が体験したことを生かして

同じようなことで悩むご夫婦やご家族を

サポート&ケアすることかと思う。

そして1番 願うことは同じことで悩む方に1人で抱えないで欲しいと

いう思いだ。

「助けて!私の悩みを聞いて!」と言って欲しい。


sayuri


愉快な終活をしよう♪

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副鼻腔炎の手術のために入院をして7日が経った。

なるべく楽観的にも考えていた鼻の奥の腫瘍も

悪性ではなかった。

そしてある意味とてもゆっくりとお花見ができた。

病室の窓から桜を愛でることができた。

桜の魅力は美しく咲き誇りあっという間に

散っていく٭❀*٭❀*

そのはかなさだろう。日本人の心を魅了する。

私は桜のピンク色が少しづつ変わっていく

様子を観ながら…退院したら何をしようと考える。

50代も半ば そろそろ明るい終活の時期だと思う。

永眠した母が身を持って教えてくれたことだ。

昨年からみんなの前で宣言していた

「会いたい人に会う」はゆっくりだけど実現できて

きた。あとは「行きたい所に行く」を叶えたいと

もくろんでいる^^;

ムーミンの住む北欧 フィンランド🌳🍃

治安もいいと聞いている。日本から1番近い

ヨーロッパに行ってみたぃ⌣̈⃝ ♡ ⌣̈⃝ ♡

何度 観たか分からない「ローマの休日」

その撮影場となったイタリア。

アン王女みたいにスペイン広場でジェラートを

食べてみたい(,,> <,,)♡

そして とても現実的になるが いつ行っても

ホッとする街、小江戸川越で着物を来て歩きたい

大好きカヤの足湯にもつかりたい。

埼玉からは通行手形が必要かもしれないけど

翔んで横浜にも行きたい。

赤レンガ倉庫で海と船を見て海風に吹かれたい。

美味しい小籠包を目指して中華街にも行きたい。

こぼれ日が眩しい軽井沢の新緑も見たい‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧

最後に母と歩いた軽井沢高原教会のSummercandle

で母に向かって「何とか元気でやってるよー」

と叫びたい。

幼い時からの親友が住む大阪に行って

難波吉本新喜劇を観て大笑いしたいꉂ(ˊᗜˋ*)

気づけば自分の時間を過ごす時間は余りなかった。

でも 1度の人生だ!明るい終活をはじめてみよう!



Sayuri🌸٭❀*


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