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さいたま命かがやけサロン

心理カウンセリング

おかえり  ただいま(*^ ^*)

日常の出来事

世間で色々な仮面をかぶって疲れて帰ってきた時の

「おかえり」は魔法の癒しの言葉だ。

母とお別れして3年、母の「おかえり」が無性に恋しくなる。

「おかえり」と迎えてくれる家があるからまた次の力がでる。

私も大切にしよう「おかえり」





sayuri









吉本興業のトラブルを見て 対話の大切さ

日常の出来事

私は吉本の笑いが大好きだ。

東京から新幹線の乗り吉本新喜劇を観て笑い転げた。

今回の芸人さんと組織上層部のすったもんだを見ると悲しい気持ちになる。

反社会生活の闇営業はもちろんあってはいけない。

ただ、致命的なトラブルがあっても企業と芸人の対話は必要だと思う。

ベテランの芸人であっても若手の芸人であっても…。

どんな大きな組織になっても上の圧力から対話ができないとその後の企業の発展につながらないと思う。

早く芸人さん達の本笑顔が戻り心の底から笑いたいと思う。









sayuri










煩悩…ぼんのう

その他

誰かを愛すればその相手にも自分が愛する分、愛されたいと願う。

その人の全てを独占したいとまで思う。

男女の恋愛に関するこの欲は煩悩のなかでも色欲であろう。

お金が欲しい。物が欲しい。ずっと寝たい。楽をしたい。永遠に美しくありたい。

人間には限りない欲がある。貪欲であろう。

理不尽なことにイライラしたりカッとなったりむかついたりする怒りの心を仏法では「瞋恚 しんい」という。

身を滅ぼす煩悩だ。

怒りによって腹が立つと知能指数まで下がってしまう。

ただ怒りがない人間などいない。

怒りの解消法の1つとしては、その場からすぐに離れて怒りが消えることを待つことである。

以前、TVで観たが、ある僧侶は怒りがおさまらない時、

誰かに怒りを向ける訳にはいかないのでその怒りが収まるまでで木魚をたたいていた。

人間の苦しみ、煩悩は108つあるという。

大晦日の除夜の鐘は煩悩の数、108つ叩かれる。

一方で、煩悩とは裏腹に与えるだけの愛もある。

見返りを待たないあげっぱなしの無償の愛だ。

私が、こんな気持ちになるのは自分の子どもや孫を思う時だ。

ただ、この愛もある意味エゴイストだ。

本当は世界中の子どもへの愛を持つべきであろう。

もっと言えば世界平和を祈り自分の身を削るべきだ。

と、言うのは簡単だが私の煩悩が「やめておけ」とささやく。

人は身勝手で欲に苦しむ愚かで可愛い生き物だ。

かく言う私も50代半ばのなっても修行中...(。-_-。)




sayuri






















































大切な人とは別れない

未分類

先日、人生の大先輩、80代半ばの母のような方としばしお別れをした。

小さな背中を抱きしめて「また顔を見に来ます。いつまでもお元気でいてください」と伝え号泣した。

「あなたがいてくれるだけで安心したのよ。ありがとう。本当にお世話になりました」

と言ってくれた大先輩の顔も見れずに踵を返し背中を向けた。

これで終わりにしたくなかった。

泣きながらたくさんの別れのシーンを思い出した。

私の未熟さからケンカ別れをした時もあった。

新しい門出の別れもあった。静かな風が吹いていた。

お互いの成長のための悲しい別れもあった。帰り道が長く感じた。

時には会いたいのに遠距離が邪魔することもあった。

二度と会わない一生の別れもたくさんある

それでも時を超えて大切な人とは必ず再会をしてまたつながっていた。

人は生きていくなかで何人の人と出逢うのだろう。

大切な人とのご縁に感謝をしよう。

いい出逢いは私の人生を豊かにして色々なことを教えてくれる。




sayuri












































家族の交通事故…被害者の気持ち

日常の出来事

雨が強かった日曜日の夕刻時、家族が車を走行中、陸橋下り坂で後方から追突を受けた。

玉突き事故3台の真ん中に挟まれてしまった。

強いむち打ちになったが幸い命に別条はなかった。

ふと、最近の交通事故のニュースが頭をよぎった。

幼いわが子や家族が朝まで元気だったのに一瞬で命を奪われてしまうこと、

残された自分が生きていくことのほうが難しいことだろう。

被害者が被る様ざまな出来事は膨大な時間が必要なことに改めて気づかされた。

仕事を休んで治療を受ける日々。そのことに費やされる時間と動力。職場との信頼関係。

休むことの無念さ。

両社の保険屋さんとのやり取り。車が廃車となり乗り換えの負担。

そして何より、またドライバーとしてハンドルを握ることの怖さと心の負担。

加害者の誠実な対応がないことの理不尽な憤り。

私もドライバーの1人であり過去に加害者になったこともある。

今、改めて被害者の方の負担が身にしみて分かり

ハンドルを握るドライバーとしての責任の重さを強く感じている。



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